東京高等裁判所 昭和31年(う)3305号 判決
被告人 東洋興業株式会社 外三名
〔抄 録〕
弁護人U及び同Tの控訴の趣意第一点について。
論旨は原判決には重大な事実を誤認した結果法律の解釈を誤り、罪とならない事実につき有罪の言渡をした違法があるというのである。しかしながら、原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判決認定の事実、殊に被告人沢村及び同堀中は共謀の上被告人会社の業務に関し、同会社が日本専売公社指定の製造たばこ小売人でないのにかかわらず、原判示期間、判示の場所で朴二福に対し原判示数量の製造たばこを小売販売した事実を認めることができ、被告人らに犯意がないものとなすことはできない。所論は、被告人堀中は同人自身被告人会社の取締役営業部長の職にあり、同会社真岡営業所の営業については一切を主宰していること等の関係から、個人名義の指定であつても、会社でたばこの小売をなし得るものと信じ、そのまま堀中個人名義で小売の指定を受け、会社の営業の一部としてたばこの小売を引き続き継続したものであつて、被告人沢村はこの間の事情については何ら知るところがなかつたもので、同人は会社名義で指定を受けたものであると信じていたものである、と主張するけれども、当初被告人会社名義で宇都宮地方専売局に対したばこ小売人指定の申請をしたけれども、これを受けることができなかつた結果被告人堀中個人名義でたばこ小売人の指定を受けた経緯については被告人堀中はもとより、被告人沢村においてもこれを知悉していたことは同被告人らの検察官に対する各供述調書に照し明かなところであつて、被告人堀中個人名義の指定であつても、同人が被告人会社の取締役営業部長である関係上被告人会社においても本件製造たばこの小売をなし得るものと信じたとの点については、記録上必ずしも明確ではないのであるが、仮りに被告人らにおいてそのように信じたとしても、右は結局法律の解釈の錯誤であつて、法律の不知に帰し、犯罪の成立を阻却するに由なきものといわなければならない。畢竟、所論は採用し難く、論旨は理由がない。
同第二点について。
論旨は、原判決は重大な訴訟手続の法令違反があり、ひいては、憲法第三十七条第二項及び第三十八条第一項に違反した結果なされたものであつて破棄を免れない、というのである。よつて記録を調査すると、本件被告人らは当初全く同一の公訴事実につき互に共謀したものとして同一起訴状により起訴され、併合して審理が行われたこと、そして原審第三回公判期日において被告人らを相互に証人として尋問するため、ここで被告人堀中を同人以外の事件から分離して審理する旨の決定がなされ、原審第四回公判期日において被告人堀中以外の事件について被告人堀中が証人として尋問された後同日再び同被告人の事件を併合し、次いで被告人稲田を同人以外の事件から分離して同人以外の事件の証人として尋問された後再度これを併合し、引き続き被告人沢村についても同様分離して同人以外の事件の証人として尋問された上またこれを併合して審理する旨の決定がなされたこと、さらに原審第五回公判期日には原審裁判官は前記被告人らの証人尋問調書をそれぞれの被告人らに対する起訴事実を立証するため刑事訴訟法第三百二十二条の証拠としてこれを職権で取り調べていること及び原審裁判官は同期日に被告人らに対する質問を行うに当り、各その冒頭において、被告人らに対して、被告人らがそれぞれ証人として述べたことに誤りはないかどうかを問い、被告人らはその誤りのない旨を述べており、したがつて実質的に右証言は被告人らの公判廷における供述となつており形式的にも原判決は被告人堀中及び同沢村両名の公判廷における供述を証拠として掲げていることは所論のとおりである。しかしながら、共同被告人でも事件が分離された後他の共同被告人の証人として証言することは差支えなく、また他の事件の証人としての証言が自己の犯罪に対して証拠となることはいうまでもない(最高裁判所昭和二十八年(あ)第三二八〇号、同三一年一二月一三日第一小法廷決定参照)ところであるから、以上所論指摘の原審の取つた措置は正当であつて、その訴訟手続には違法の廉はないものといわなければならない。
所論は以上の原審の措置はあたかも被告人自身を自己の刑事事件の証人として尋問したのとえらぶところがないのであるから、右のごとき措置をとることは被告人の黙秘権の侵害乃至は黙秘権の放棄を認める結果となり、また証人としての証言拒否権と被告人としての黙秘権とは本質的に異なるものであるから証人としての証言をその証人に対する全く同一な内容の公訴事実の立証に用いることは実質的に被告人に供述を強制する結果となり憲法第三十八条第一項に反することが明かであり、また証人に対する反対尋問権を奪う点において同法三十七条第二項の規定に違反すると主張するけれども、証人としての証言拒否権も被告人としての黙秘権もひとしく憲法第三十八条第一項の規定に由来するものであつて、両者は所論のごとく本質的に異なるものではない。ただその異なるところは、被告人は現に刑事訴追を受け又は有罪判決を受ける虞のある立場に置かれているに反し、証人は必ずしもそのような立場に置かれてはいないところに差異が生ずるに過ぎないのである。したがつて、証人自身刑事訴追を受け又は有罪の判決を受ける虞のある場合には任意に証言を拒み得ることは被告人の場合と異ならないのであり、ただこの場合証人自身が共同被告人である場合のごとき自明の場合の外はそのような立場にあることを表明する必要があるものとせられているに過ぎないのである。されば、共同被告人の一人を他の共同被告人の事件より分離して証人として尋問することは、もとよりその証人自身の被告人としての默秘権を侵害し若しくはこれを放棄せしめたことにならないのであり、また、その証人としての証言を当該被告人の公訴事実の立証に用いたからといつて実質的に被告人に供述を強制する結果となるものではない。されば原審の措置には所論のごとき憲法第三十八条第一項に違反する点は少しも存しないものといわなければならない。なおまた、所論証人に対する反対尋問権に関する憲法第三十七条第二項の規定は、自己の刑事事件について尋問せられた証人に対し当該被告人に認められた権利であつて、所論のごとき場合に関するものではないのであるから、この点に関する所論もまた採用し難い。これを要するに、原審の措置には何ら所論のごとき違法の点は存しないから、論旨は理由がない。
(花輪 山本 下関)
註 本件破棄は量刑不当。